2017-09-08

社会不適合者の自覚があるすべての人へ

社会不適合者の自覚があるすべての人へ



多くの人が、自分は社会不適合者だと自覚する瞬間があると思う。特に、多くの人が不適合なのではないかと自覚するのは、就活の時ではないだろうか。


ちなみに僕は少し早めで、大学2年生時に部活を除籍された時だった。実はその後の大学生活で僕は、社会で活躍するいわゆる社会適合者と、社会不適合者にあってきて、不適合者に対する考え方が変わった。今回は社会不適合者について書いてみようと思う

目次


  • そもそも適合すべき社会は、一つではない
  • 一般的な社会不適合者と適合者とは
  • 社会受容者ではなくても、社会適合者にはなれる
  • 社会不適合者の自覚がある人は、無理に万人ウケされようとしなくてよい




そもそも適合すべき社会は、一つではない


よく、子どもの頃親や先生に言われた言葉がある。「社会に出たら通用しないよ」という言葉だ。そんな言葉を聞いて、僕はわりと最近まで漠然と、社会が、ある1つのとても大きな個体だと思っていた(し、そう言っていた人たちもそう思っているのだろう)


しかし、社会は、一つだけではない。「大きな社会」の中にも、「小さな島社会」が存在し、その島社会ごとにローカルのルールがある。


そのことは、大人になっていろんな大人に会うことで分かるようになった。父親はミュージシャンだが、普通のリーマンのルールとは大きくかけ離れてそうだし、学校のルールはさらに大きな社会とは別の独自のローカルルールで運営されている。知り合いの働いている中小企業では、こつこつエクセルにデータを入力してれば褒められるが、僕が働いていたベンチャーでは入力業務が自動化できてないとものすごく怒られた。


つまり、現実的にすべての島で適合するのはほぼ不可能で、自分のホームベースである島に適合することぐらいしかできないのだ。


一般的な社会不適合者と適合者とは


さて、「社会は一つではなく、島社会が存在し、独自のローカルルールに従う」ことを前提として、社会不適合者と適合者の違いを考えてみる。


いわゆる社会適合者とは、おそらく受け入れてくれる島社会の数が多い人なのではないかと思う。


どこにいても排斥されない人、角が立たない人(ちゃんと上司にお酒をつぎ、コールにも参加できる人、面接で怒られない人)は、受け入れてくれる受け皿は多い。


その点、社会不適合者は、受け入れてくれる島社会が相対的に少ない人なのであろう。



社会受容者ではなくても、社会適合者にはなれる


いわゆる社会一般で言われている社会適合者とは、受け皿が多い人のことを指す。僕は彼らを社会受容者と呼びたい。それとは別に、その島社会で適合できている人社会適合者と定義したい。


そして、僕は世に言う社会適合者(=社会受容者)でも社会不適合者になり得るし、逆にいわゆる不適合者(=社会非受容者)でも、社会適合者にはなれると思うのだ。


わかりやすく言えば、多くの人にモテても結婚できない人もいるし、35歳まで童貞で、多くの人にモテなくても本当に幸せな結婚ができるみたいなもんだ。


どんなに面接ウケが悪くても、あなたを必要としてくれる人はどこかにいるのだ。あなたと同じパーソナリティの島社会もあるから。

社会不適合者の自覚がある人は、無理に万人ウケされようとしなくてよい


だから、いわゆる社会不適合者の人が、自分の島社会からの人気のなさに絶望する瞬間がくるかもしれないけど、結構いわゆる社会不適合者でも、割と幸せに生きていけると思う。


もちろん、社会非受容者は、社会受容者と比べたら人生ハードだ。しかし、ちゃんと適合できるコミュニティを探せば生きていけないことはない。僕の知り合いでは、そういう人を集めて会社を作ってしまった人もいる。


不適合者(非受容者)は、無理に万人ウケしようと努力せずに(ほとんどの場合努力が無駄になるから)あなたを受け入れてくれる島社会で、特化した人材になり、社会適合できるように努力すれば人生なんとでもなるのではないだろうか。

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